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高松高等裁判所 昭和27年(う)181号 判決 1953年2月16日

控訴人 被告人 北村勝

弁護人 三野昌治

検察官 田中泰仁

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金拾五万円に処する。

但し本裁判確定の日より参年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは金千五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人三野昌治の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点の一について。

論旨は貸金業等の取締に関する法律第十五条第一項は金融機関の役職員等がその地位を利用してなす当該金融機関の業務に属しない行為(所謂浮貸し等)を対象としているところ、被告人が株式会社四国銀行善通寺支店長としてなした本件債務の保証は銀行業務に属する行為でありその効力は本人たる同銀行に対し生ずるから原判決がその認定事実に対し同法律第十五条第一条を適用したのは法律の解釈適用を誤つていると謂うのである。仍て考察するに貸金業等の取締に関する法律は貸金業等の取締の外不正金融を防止することを目的とし(同法第一条参照)、同法律第十五条は所謂浮貸し等を禁止する規定であり「浮貸し」とは金融機関の役職員がその地位を利用して自己又は第三者の利益を図るため当該金融機関の業務としてではなく金銭の貸付等をなすことを指すものであること所論の通りであるけれども、同条第一項は「浮貸し」に類似するものとして金融機関の役職員がその地位を利用してなすところの債務の保証をも併せて厳禁しているところ、原判決の認定した要旨は「被告人は四国銀行善通寺支店長としては債務の保証をなす権限がないのに拘らず支店長の地位を利用して第三者である四国海産物工業株式会社社長森虎右衛門及び津田友吉並びに自己の利益を図るため真実は同銀行の業務としてなす意思なくして債務の保証をした」と謂うのであり、原判決は被告人は本件債務の保証を四国銀行の業務としてなしたものでない事実を認定している。而して一般に債務の保証は銀行業務に属する行為であること所論の通りであるけれども、昭和二十四年三月一日以降地方銀行(北海道拓殖銀行外五十四行)においては手形の支払保証は代表取締役(取締役頭取)のみがこれを行うことを申し合せ当時前記四国銀行においても債務の保証は本店において頭取のみが行い支店出張所等においてはこれをなし得ない旨の厳重な通達を出し(証第一、二号参照)被告人はこれを十分知悉していたものであることは本件証拠上明かであり、また被告人は津田友吉等の依頼により同人等の利益を図ると共に自己の利益をも図るため真実は銀行の業務としてする意思でないに拘らず支店長の地位を利用して恰も銀行が保証をしたように装い本件保証をしたものであることは原判決挙示の各証拠並びにその詳細な説示に徴し十分これを肯認することができる。然らば原判決の認定した被告人の本件行為は貸金業等の取締に関する法律第十五条第一項に違反するものと謂わなければならない。尤も銀行の支店長がその名義を用いて保証行為をした以上それが銀行内部の規約により権限外の行為であり且つ銀行の業務としてなしたものでなかつたとしても善意の第三者に対しては本人たる銀行が責に任じなければならぬ場合が生ずることはもとより考えられるけれども(商法第四十二条第三十八条等参照)、右は本件違反罪の成否に何等影響を及ぼすものではない。また所論の如く本件行為後銀行頭取がこれを追認した事実があるからといつて本件行為が銀行の業務としてなされたものであると認めることはできない。これを要するに原判決並びに本件各証拠を仔細に検討し論旨の主張する諸点を十分考慮に容れても原判決の事実認定及び法律の適用は正当であつて論旨は採用できない。

同第一点の二について。

貸金業等の取締に関する法律第十五条第一項は「自己又は当該金融機関以外の第三者の利益を図るため云々」と規定し自己又は第三者の利益を図る目的意思の存在を要件としていること所論の通りである。而して原判決の認定事実(但し起訴状記載の公訴事実引用)中に「被告人は落札品の販売に際し得た利益の一部配分あることを予期して云々」とあり「予期する」と「企図する」とはその精神作用に差異のあること所論の通りであるけれども、原判決全体より判断すれば原判決は被告人は右利益の一部配分あることを予期した外巨額の落札品販売代金が支店に預金されることによつて自己の銀行における業績を上げると共に四国紙業株式会社に対する多額の不当貸出の穴埋をするため本件保証をしたこと即ち第三者たる津田友吉等の利益を図る一面自己の利益をも図るため本件保証をしたものであることを認定した趣旨であること明かであり、原判決が所論の如く前記条項に規定する「自己の利益を図るため」の解釈を誤つているとは見られない。従て論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は本件が若し原判決認定の如き事実関係とするならば被告人の行為は刑法の背任罪に該当し貸金業等の取締に関する法律を適用することはできないと主張する。仍て考察するに同法第十九条は但書において「刑法に正条がある場合には刑法による」と規定していること所論の通りであるけれども、被告人の本件行為は「株式会社四国銀行善通寺支店長」の名称を用いているとはいえ前叙の如く債務の保証は支店長としては全然権限外の行為であり且つ被告人は四国銀行の業務として本件保証をなしたものとは認められないから所論の如く本件保証の効力が直接当然に本人たる株式会社四国銀行に対し生ずるとはいえず(銀行は善意の第三者に対してのみその責に任ずることがあるに過ぎない)、また本件保証は四国銀行が保証債務の履行を請求されない中に同銀行頭取において事実上追認をなし同銀行が正式に手形保証をなすこととなつたものであり、被告人の本件行為は未だ背任罪に関する刑法第二百四十七条の構成要件を充足しないものと謂わなければならない。従て原判決が本件につき貸金業等の取締に関する法律第十九条を適用処断したのは蓋し正当であつて論旨は採用できない。

同第三点について。

論旨は被告人は銀行の利益のためその代理行為をなしたものであり原判決が被告人は第三者及び自己の利益を図るために本件保証をしたものと認定したのは事実誤認であると謂うのである。しかし被告人の本件行為は原判決認定の如く第三者である津山友吉等の利益を図ると共に他面自己の利益を図るためなしたものと認められることは前記判断において示した通りであり、本件保証により四国海産物工業株式会社の入札及び落札後の商品販売が順調に進捗した場合その販売代金が四国銀行に預金されることにより同銀行が利益を得ることは考えられるけれども、原審及び当審において取調べた各証拠を検討しても被告人が専ら銀行の利益を図るため銀行の業務として本件保証をなしたものとは到底認められない。また所論の如く本件保証行為につき支店長たる資格を表示しているからといつて直ちにその行為が当該銀行の利益のためになされたものとは断ぜられない。原判決には所論の如き事実誤認は認められず論旨は首肯できない。

同第四点について。

論旨は原判決は刑の量定が不当であると謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに本件は原判決認定の如く株式会社四国銀行善通寺支店長であつた被告人が当時地方銀行たる同銀行においては債務の保証は頭取のみがなし得て支店長には全然その権限がなかつたのに拘らず四国海産物工業株式会社の実権を握る津田友吉等の依頼により同人等及び自己の利益を図るため同会社が繊維貿易公団関西支部における絹織物類の競争入札に参加するに際し支店長の地位を利用してその入札保証金二千六十九万円(支払保証書により)及び右会社が右公団に支払うべき落札代金額の一部一億四千五百二十万円(手形裏書の方法により)につき各債務の保証をしたという事案であり、その保証額は右の如く巨額に達し地方銀行の一小支店長の行為としては余りにも常規を逸して居りその成行如何によつては相手方に不測の損害を蒙らしめ又は金融界に混乱を惹起する可能性があり、金融機関の信用を背景として行われるこの種行為に対しては不正金融の防止を目的とする貸金業等の取締に関する法律の立法趣旨に照し厳罰を以て臨む要あること多言を要しないところである。しかし幸いにして本件行為はその後間もなく四国銀行本店の知るところとなり同銀行頭取においてこれを事実上追認するに至つたこと、被告人は前記津田友吉の執拗且つ言葉巧な依頼を拒み得ずして遂に本件保証をなすに至つたこと、本件が早期に発覚したのと落札商品の品質粗悪、値下り等のため被告人は津田友吉より予期した如き利益配分を受けるに至らなかつたこと並びに被告人は是迄刑事上の処分を受けたことがなく本件により退職する迄十数年間銀行員として勤務して来たことその他記録上窺われる諸般の情状を彼此斟酌すれば被告人に対し懲役十月の実刑を科した原判決の量刑は稍重きに失すると認められる。従て論旨は理由がある。

仍て刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決はこれを破棄し同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実は原判決の認定と同一であり、これを認める証拠は原判決挙示の証拠中証人岡島国市、同青木忠恕、同宮島広志、同河野隼二、同村上喜寛の各証言とあるを証人岡島国市、同青木忠恕、同宮島広志、同河野隼二、同村上喜寛に対する原審の各尋問調書と改める外原判決の掲げる通りである。

(法令の適用)

貸金業等の取締に関する法律第十五条第一項第十九条(懲役罰金併科)罰金等臨時措置法第二条

刑法第二十五条第十八条

刑事訴訟法第百八十一条

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人三野昌治の控訴趣意

第一点原判決は貸金業等の取締に関する法律(以下本法と云う)の解釈を誤りたる違法がある。

一、原判決の認定したる本法違反の犯罪事実の要旨は「被告人は四国銀行善通寺支店長として勤務中昭和二十四年八月上旬頃第三者から入札保証金並落札代金支払の保証を懇請せられるや同銀行に於ては債務の保証は頭取のみがなし得るので支店長には全く其の権限がないと云う厳格な内規が存在するに拘らず第三者から利益の一部配分あることを予期して内規を無視して第三者のために株式会社四国銀行善通寺支店長北村勝名義を用いて保証書を交付し且つ手形裏書の方法により保証をした」と云うのである。右認定事実が本法第十五条第一項に該当すると判断したことは同条項の解釈を誤りたるものである。本法第十五条第一項は所謂浮貸等の行為を禁止する趣旨の規定である。浮貸とは金融機関の職員が利鞘を得んがために自己が其地位にあることを奇貨として行為の効力を直接本人たる金融機関に及ぼすことなくしてなすところの金融行為を指称するものである。これ本法が不正金融を防止することを目的とする(第一条)立法たることの法理上明白なる結論である。故に浮貸と銀行業務に属する行為とは厳に区別すべきものである。即ち銀行の放漫なる金融行為は浮貸等の行為と異なり右条項の適用を受くることなきものである。被告人の前示認定の所為は銀行業務に属する行為たること明かである。何となれば保証は行為の性質上銀行業務に属するものであり又保証の法律上の効果は直接本人たる四国銀行に対して生ずるからである。原判決の認定によれば被告人は保証書並に手形の裏面裏書欄に四国銀行善通寺支店長北村勝の職氏名を記載捺印したものであるから其行為の効力は直接本人たる同銀行に対して生ずるのである。内規により制限はあるが被告人は支店長として支店に関する業務につき一切の裁判上裁判外の行為をなす権限を有するものであるから被告人の保証行為は其地位に基く行為であり銀行業務に属する行為である。原判決の認定によれば四国銀行に於ては債務の保証は頭取のみがなし得るので支店長には全く其権限がないと云う厳格なる内規は存在するけれども内規の存否は代理行為の成立を妨げるものではない。

支店長の任務違背若くは代理権超越の問題は生ずることあるけれども支店長の地位に於ける行為であるから本人に於て追認し得るのである。現に本件に於ては被告人の保証行為は同銀行頭取山本豊吉によつて追認せられ被告人の保証したる金額を包含する二億四千七百三十万七千六百余円について同頭取は昭和二十四年八月以降約束手形二十五通に支払保証をしたのである。所謂浮貸等の行為は金融機関の職員たる地位を有する個人に対して効力を生ずる行為で銀行業務に属せざる行為である。原判決は本法の解釈を誤り被告人に対し有罪の言渡をなしたる違法がある。被告人の所為は本法による処罰の対象とならざるもので無罪なりと思料する。

二、本法第十五条第一項に該当する行為は自己又は第三者の利益を図る目的に出でたることを要する故に所謂企図又は目的の存在を認むること能わざる場合には本条違反の所為とならないものである。原判決の認定によれば被告人は第三者から販売利益の一部配分を受くることを予期して第三者のために保証したのである。予期することと企図することは心理学上異なる精神作用であることは明白である。即ち前者には目的意思存在せざるに反し後者には目的意思存在するからである(泉二氏日本刑法論下巻八三五頁参照)。第三者の販売利益の一部分配を受くることを希望することも支店長が成績を挙げて多額の賞与を受くることを希望することも単なる希望に止まり目的意思の存在しない精神作用である。職務其物を至上とする観点からは非難すべきことではあるがそれは厳格な道徳規範からの批判に過ぎないのである。原判決が本条項の定むる目的意思に関する解釈を誤り被告人に有罪の言渡をしたのは違法である。

第二点原判決は法律の適用を誤りたる違法がある。

原判決認定の被告人の所為に対して本法を適用することは本法第十九条但書の規定に違反する。被告人は支店長の地位に基き第三者のために保証をしたもので其地位を利用して保証をしたのではない。原判決の認定によれば被告人のなしたる保証行為の形式は保証書と手形の裏書欄に善通寺支店長北村勝の職氏名を記載捺印したものであるから代理行為であつて保証契約の効力は直接本人たる株式会社四国銀行に対して生ずることは論を俟たないところである。支店長の権限が内規によつて制限せられ内部的に保証の権限なきものとすればその内規を無視することは任務に背きたる行為となるのである。保証によつて本人たる銀行が債務を負担する結果本人に財産上の損害を及ぼしたることとなるのである。故にもし原判決認定の如くならば刑法背任罪に該当すべきもので本法第十九条但書に所謂刑法に正条ある場合である。されば被告人の所為に対し本法を適用すべからざることは極めて明白であるから原判決が本法を適用して被告人に対し有罪の判決をしたのは顕著なる違法である。

第三点原判決には事実誤認の違法がある。

法律行為の代理は他人が本人のためにすることを示して為したる意思表示によつて成立する。所謂本人のためにするとは本人の利益のためと同義であることは論を俟たない。通常の場合代理人たる資格の表示によつて代理意思は表示されるのである。証第一、二号、原審に於ける被告人の供述によれば被告人の保証行為は支店長たるの資格を表示してなしたること明白であるから本人たる銀行の利益のためになされたるものである。これ代理行為の性質上当然のことに属する。被告人が他人から販売利益の一部配分あることを期待しても代理行為が本人の利益のために為される行為たることには何等の影響を及ぼすものでない。されば原判決が被告人の代理行為を以て他人及び自己の利益を図る為に債務の保証をしたと認定したのは顕著な事実の誤認である。被告人は本人たる銀行の利益のために代理行為をなしたるものと認めらるべきで被告人の所為は無罪である。

第四点原判決は刑の量定顕しく不当である。

本件保証は代理行為であるから所謂浮貸等の行為と性質を異にし不正金融としての害毒を残すべき影響は甚だ尠いのみならずこの保証行為は四国銀行頭取山本豊吉によつて実質上追認されて居る(被告人の原審供述、原審証人津田友吉の証言、森虎右衛門、藤田喜志雄、山本豊吉の検察官に対する各供述調書)。追認によつて保証の当初から本人たる四国銀行に対し効力を生じたから不正金融にあらざる正当な取引となつたものと看做される。右事実と前示各証拠によつて明らかなるところの被告人の性格、地位、身分、職業と真面目なりし半生の経歴に徴すれば本件は被告人の一生を通じての唯一の過誤たるに過ぎないのである。以上の情状あるに拘らず原判決が被告人に対し懲役十月を言渡したのは科刑著しく重きに過ぎるものである。

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